日蓮宗とは

日蓮宗とは

日蓮宗は、鎌倉時代「日蓮聖人」によって開かれた宗派であります。

お釈迦様が説かれた妙法蓮華経(法華経)をよりどころにし、その法華経の功徳は、南無妙法蓮華経のお題目に集約されていると日蓮聖人は教えられています。

この法華経とお題目を信仰のもととし、世界の平和、人類の幸福を願うものであります。

日蓮聖人

日蓮聖人(にちれんしょうにん)

承久4年(1222年)2月16日-弘安5年(1282年)10月13日

鎌倉時代の仏教の僧。鎌倉仏教のひとつである日蓮宗(法華宗)の宗祖。

Wikipediaより

日蓮聖人(にちれんしょうにん)の生きた鎌倉時代は、お釈迦さまが亡くなったあと、仏教が正しく理解されず、悪い教えが広まって人々を苦しめる末法(まっぽう)という時代に入っていました。

生きることと死ぬことの意味、地震(天災)や戦さ(人災)で人々が苦しむわけを知るため、日蓮聖人は仏教の経典をすべて読みました。 そして、お釈迦さまが悟った真理は、法華経(ほけきょう・妙法蓮華経)に書かれている、と知りました。

法華経には、お釈迦さまは遠い昔から未来まで生き、永遠にあらゆるものを救いつづける、特に末法の人々を救う、と書かれています。

日蓮聖人は、末法悪世の人々を救う良薬である法華経(妙法蓮華経・みょうほうれんげきょう)を広める役目が自分にあると自覚し、法華経を心に受け入れ、口に唱え(南無妙法蓮華経)、実行する、と誓いました。

『立正安国論(りっしょうあんこくろん)』で人と社会の幸せを鎌倉幕府に訴えたあと、たくさんの妨害にあったのですが、信者であった甲斐の国の地頭・南部実長の招きにより、文永11年(1274)5月17日、身延山に入山し、同年6月17日より鷹取山(たかとりやま)のふもとの西谷に構えた草庵を住処としました。日蓮聖人は、これ以来足かけ9年の永きにわたり法華経の読誦(どくじゅ)と門弟たちの教導に終始し、弘安4年(1281)11月24日には旧庵を廃して本格的な堂宇を建築し、「身延山久遠寺(くおんじ)」と命名されました。現在の日蓮宗総本山です。

法華経の行者(ほけきょうのぎょうじゃ)立正安国論として生き通した日蓮聖人は、弘安5年(1282)、数え年61歳で亡くなった後も、末法唱導師(まっぽうしょうどうし)と呼ばれ、お祖師(そし)さまと慕われて、いまでも人々を法華経の信仰に導いています。

その流れを正しく汲んでいるのが、日蓮宗です。